村田 兆治の現役時代のフォークの投げ方

村田兆治氏は、1967年にドラフト1位指名を受けは東京オリオンズに入団し、2年目の69年に6勝を挙げました。

迎えた1974年のロッテが優勝した年に、代名詞のマサカリ投法とフォークボールがほぼ完成して12勝を挙げ、1975と76年は抑えを兼任しながら2年連続防御率1位を獲得し、1976年は21勝を挙げパ・リーグを代表する投手になりました。

その後は右ヒジを痛めるなど、紆余曲折を経て1985年に完全復活し、日曜に登板して勝ち続けサンデー兆治の異名を取り、この年に17勝を挙げ1990年には10度目の2ケタ勝利をマークして引退しました。

今回は、村田 兆治の現役時代のフォークの投げ方についてご紹介します。

村田 兆治のフォークの凄さ

マサカリ投法は、村田兆治氏の代名詞でありながら唯一無二のフォームで、プロ野球入団当初は制球難に苦しみ、制球力を上げ、かつ球速も落とさないフォームを目指し、試行錯誤したうえ身に付けたのがマサカリ投法だったそうです。

このフォームで特に意識したことは、上体の突っ込みを抑えいかにタメをつくるかで、大きく足を上げた後右肩から体を沈み込ませ、手が地面に着くくらいまで下げます。

このフォームから放たれる150km/hの剛速球と、分かっていても打てないすさまじい落差のフォークボールを武器に活躍し、このフォークボールは、元南海ホークスの野村克也氏は「村田のフォークボールの癖はすぐ分かったけど、分かっていても打てなかった」と述懐していました。

また、先発完投にこだわりながら41歳まで投げ続けた鉄人で、引退後も始球式でしばしば140km/h近い速球を投げ話題となっています。

ko koya より

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村田 兆治のフォークの握り方

村田 兆治氏のフォークは、人差し指と中指を大きく開いた状態でボールの縫い目に指をかけずしっかりと深く挟むようにして指をかけ、ボールの下部を親指で支えるようにしてボールを握ります。

この深い握りで村田兆治氏の人並み外れた長い指と、強靭な握力によってボールを強く挟むことで、より大きな落差のあるボールを投げこんでいきます。

写真:ko koya より

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村田 兆治のフォークの投げ方

村田兆治氏のフォークは、ストレートを投げる時と同じようにして腕を強く振り、ボールの握りでは力を抜いていた親指と薬指に力を入れながら手首を返してボールをリリースします。

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