東尾 修氏は、箕島高等学校から1969年のドラフト1位で西鉄ライオンズに入団し、チーム名は変わってもライオンズ一筋で投げ抜き、2度のMVP、最多勝などに輝きました。
1988年に引退した後、1995年には西武ライオンズの監督となり、7シーズンで2度のリーグVを達成し、2010年には野球殿堂入りしました。
今回は、東尾 修の現役時代のスライダーの投げ方についてご紹介します。
東尾 修のスライダーの凄さ
東尾修氏は、シュートとスライダーで打者の内角を厳しく攻め、通算死球はプロ野球記録となる165を数えるほど、死球を与えることも辞さず、投球術はいつしかケンカ投法とも言われる投球術で、通算251勝の記録を残しました。
このスライダーは、西鉄ライオンズ時代に監督だった稲尾和久氏のスライダーを参考にして磨き上げ、右打者の内角を厳しく攻めるシュートで体を起こし、外角のスライダーで打ち取る投球術で活躍しました。
そして、右打者への内角へのスライダーは、今や当たり前になっているフロントドアの使い手としても先駆者です。
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東尾 修のスライダーの握り方
東尾 修氏のスライダーはフォーシームの握りから、ボールの外側に多少ずらして人差し指と中指を縫い目にかけ、親指はボールの下部を支えるようにしてボールを握ります。
東尾 修氏はカーブを投げる時もこの握りで、リリース時の手首と腕の振りを変えることで、カーブとスライダーを投げ分けていたそうです。
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東尾 修のスライダーの投げ方
東尾 修氏のスライダーは、腕の振りはストレートの時と同様強く振りリリースの瞬間に中指でボールを切るようにしてボールを投げます。
また、最後のリリースの瞬間にボールの下部を支える親指で押し出すようにします。